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■ トキ・メッセージ13 新潟大学トキ野生復帰プロジェクト 本間航介さん

新潟大学トキ野生復帰プロジェクトは、佐渡市新穂地区にある「キセン城」という山間の地区を中心に、 トキ野生復帰のための環境整備と研究を行っています。また佐渡市民向けにトキ野生復帰の現状や、 佐渡の環境についての講演などを行っています。今回は新潟大学准教授の本間航介さんに、 新潟大学トキ野生復帰プロジェクトについてお話を聞きました。
(インタビュー・文責:トキファンクラブ事務局)

本間航介さん
(本間航介さん)

●佐渡の里山との出会い
私は森林生態学の研究者です。佐渡の北側、大佐渡地方にある、 標高の高い杉林を中心とした森林を新潟大学の演習林として講義や研究をしています。森林生態学とは、 たとえば大佐渡の杉を中心とした森林はどうしてここに成立しているんだろうということを調べ、解き明かしていく学問です。 熱帯林には独自の美しさや生物の多様性があります。一方、ヒマラヤやカムチャツカ半島のような環境の厳しいところには、 生えている植物が淘汰され研ぎ澄まされたようなきれいな森ができます。山登りをしていて、森に惹かれてこの学問を選びました。
京都での大学時代に、指導教官が「里山研究会」を作っていました。そこで、京都周辺の里山を調べ、里山の大切さを訴える活動をしていました。 新潟大学で佐渡に赴任し、佐渡と上中下越地方の森林の違いに気づきました。それだけでなく、京都の里山を思い出しました。
新潟の山手側と比べると、佐渡は気候風土や森林、里山のつくり、生活のしかた、植物の利用のしかたなどがまったく異なっています。 特に島の南、小佐渡地区では里山の基本的なつくりが関西的です。高い山を持たず、比較的低い丘陵地のような山を手入れして使います。 西日本では竹林を管理して生活に利用する文化がありました。佐渡には上方文化が北前舟で渡ってきたという文化的な側面もありますが、 小佐渡の前浜地区一帯では、もともと非常に良質な真竹の産地として有名で、西日本と同じ文化もあります。大佐渡も含め、 この佐渡に残っている里山の環境は大切だと直感しました。

研究発表会
(研究成果発表会 写真提供:新潟大学)

●トキとの関わり
まず、 トキよりも佐渡の里山の環境に惹かれましたが、その後、トキの野生復帰の話が出てきました。 私は現地在住の生態学の専門家としてトキ野生復帰の会議に参加することになりました。
トキを自然下に放し、もう一度生態系の循環の中にもどすためには、まずトキが生きられる自然環境が必要です。 トキも最初から人間に近い里山で進化したわけではなく、自然の湿地などが本来の生息地だったわけです。弥生時代以降、人が農耕をはじめ、 トキの生息地に入り込みました。そして、トキは人が生活する中で適度に手を入れて作った里山という環境の中でねぐらをとり、営巣し、 里山の環境のなかで育まれた小さな生きものたちをエサにして生きるようになりました。トキの野生復帰には、かつての里山のような、 草や木などを含めた多様な生きものを育む環境をとりもどすことが必要になります。トキにとって必要な生息環境についての調査をはじめました。

冬のキセン城
(冬のキセン城地区 写真提供:新潟大学)

●トキ生息環境づくりの実践へ
トキの生息環境として佐渡の山の現状を調べるうち、キセン城という、人々が山を降りて30年ほど経つ地域があると地元の人から聞きました。 完全に森林化していて、どこにあるのか分からない状態でしたが、木の葉が落ちる冬に探してみると、雪が積もった斜面一面に、 かつての棚田地帯の風景がはっきりと見えました。キセン城のようなかつてのトキのエサ場となっていた場所を使えるかどうかが、 トキ野生復帰の生命線になるのではないかと考えました。2001年当時の佐渡では、 トキの生息場所をつくるのにどのくらいの技術や苦労が必要で、ビオトープをつくった結果、 どういう成果がでるのか具体的なことが分かっていませんでした。そこでキセン城をモデルにして自分でも一通り復元作業や管理作業、 データをとる作業を行ってみることにしました。佐渡の人達とともにプロジェクトをはじめたところ、 2003年に新潟大学の地域貢献事業として「新潟大学トキ野生復帰プロジェクト」に認められました。 今もキセン城の手入れ作業と研究作業を続けています。

間伐作業

●トキプロジェクトの活動
新潟大学トキ野生復帰トキプロジェクトは4つの目標を設定し、それぞれの担当の教官や学生が研究をしています。 キセン城での棚田350枚の取り組みが「生息環境の整備」と「自然環境分析」です。また、地元の教育機関として「地域環境教育」 にも力を入れています。未来の担い手であるけれど、生活の中に里山という意識は入っていない子どもたちや、 社会を実際に動かしている30代40代の大人に、地域の里山や自然の価値を伝えるため、佐渡各地の環境学習や小学校での講演に出たり、 一般のボランティアの方々とともにキセン城で作業会を催しています。2008年5月には佐渡市と協力して、 佐渡の小中学生と指導者に配布する佐渡市の環境教育副読本とその指導書を製作しました。 毎年の年度末にはトキプロジェクトの研究の成果発表会を開催しています。

 佐渡市環境副読本
(佐渡市環境副読本。左から、小学生用、中学生用、指導書)

もうひとつが、トキ野生復帰のための地域社会のしくみを提案する「社会環境分析」です。かつての里山は、人々がその中で生き、 生活に必要だったから維持されてきました。今の社会で里山を再生するためには、現代の目で必要性をとらえなおし、 維持するしくみをつくる必要があります。現代において里山は、教育的な素材、地域全体を豊かにするための素材、生物多様性をつくる場など、 いろいろな新しい価値が見出せます。日本の地域や日本全体にとって里山の保全が大切だということを意識し、 地方と都市とは協力する必要があります。中山間地を日本の環境保全もしくは、循環型社会づくりの最前線として、都市部から人とお金を入れる、 地方と都市とで経済が循環する広いレベルでの循環型社会のしくみがないと現代の里山は成り立ちません。そのための研究と提案をしています。
取り戻すのはかつての里山の機能であり里山の価値です。作業や方法は現代の手法を使います。今、キセン城の棚田はビオトープにしており、 稲は植えていません。水が効率よく維持されるためにはかつての田んぼの形がよいわけですが、作業も管理方法も、 稲作をしていたころとは違います。農業においても、現代的な技術で生産性を上げながら生きものが増える農法が必要です。また、 生産性の高い農地は農業生産に利用し、生産性が低く、 生産活動に使わなくなった田畑や林を生態系多様性のために整備するといった土地の使い分けという視点もあります。

実験田
(環境保全型農業の実験)

●里山の大切さとは
ところで、里山には絶滅が危惧される動植物がたくさんいます。しかも、身近な思いもかけないところにいます。 田んぼの畦にある雑草が絶滅危惧植物だったりします。田んぼのメダカやゲンゴロウの仲間はみんな絶滅危惧種です。
里山にはたくさんの種類の生きものが集まっています。それは、人が年月をかけて自然の中につくった里山が、 たくさんの生きものにとって好ましい条件を提供していたためです。里山では、人間が自然の再生力を念頭に置きながら、 適度に手を入れてきました。日本でも長いところでは千年単位で里山が管理され、生物の多様性が維持されてきました。 これは世界に誇る文化です。
里山文化は日本だけではありません。照葉樹林というカシの森、常緑の森が西はネパール・インド北部から、ブータン、タイの北部、 中国の中西部を通って、朝鮮半島、日本までの数千キロのベルト状に分布しています。稲作は、この森林帯に沿って伝わり、 そこに里山文化が生まれました。人と自然の濃密な関係がありました。農業も、林業も、生活もすべて里山で、 すべての人が関わる場所だったのです。
つい数十年前まで、日本では里山が機能していました。しかし、里山の管理、里山文化が失われるとともに、植生や光環境、水環境が変化し、 里山の生きものが絶滅しつつあるのです。

切り口

●トキと佐渡がつくる持続可能な社会モデル
トキが野生復帰するには里山全体の生物多様性を回復させることが必要です。トキの野生復帰を考えると、里山の荒廃や、農山村の高齢化の問題、 効率と生産性だけを追求した農業の行き詰まりなど、現代の日本や中山間地が共通して抱えている問題に直面します。 佐渡はトキの野生復帰を通じて、現代社会を持続可能な社会に変える壮大なモデルを提示しようとしています。佐渡には、 それができると思います。そのために、研究者として私自身は植物が専門ですが、トキを取り巻く社会の問題や、 林や水辺など生物の問題などをひとつひとつ事例を積み上げて研究を重ね、佐渡の人達に提示し、集落が今の農村環境の良さをとらえなおしたり、 環境保全活動を通じて活力を取り戻して行くことにつながればと思っています。

生きもの
(生きもの調査 写真提供:新潟大学)

●具体的なことからはじめよう
「自然との共生」とか、「地球にやさしい」とか、言葉だけでは自然の厳しさや人間と自然の関係は見えてきません。 里山は厳しい自然の中で人間が生きていくための大変な努力でできています。だから、自分で身体を動かせる人は、まず身体を動かし、 たとえばトキの野生復帰の現場で何をやっているか、どんな苦労をしているか体験するところからはじめて欲しいと思います。 今は佐渡だけでなく、いろんなところで集落の中に都会の人を入れて、生活や作業を体験させるというシステムができつつあります。 「自然は大切だから守ろう」なんていう道徳的な気持ちよりも、「楽しそう」ではじめてください。集落の人と一緒に山の中に行って、 キノコを取って鍋をしたり、魚をつかんだり、木を切って削って細工をしてみたり、炭を焼いてみたり、楽しいことはたくさんあります。 自分にとって好きだったりおもしろいなと思ってやっていることはすごく身に付きます。自然への洞察力も養われます。 おもしろいと思ってやっていないことは、そんなに身に付かないし、本人にとって役に立ちません。

実習
(写真提供:新潟大学)

里山はもともと生活の場です。だから、関われない人はいません。里山の再生には誰でも一緒に取り 組んで欲しいと思います。 木を切ったりビオトープをつくることだけが環境保全ではありません。木や農産品を加工したり、流通させたり、宣伝したり、 お年を召した方ならかつての技術を伝承したり、一見関係なさそうなことでも、「私こんなことしています」「こんな仕事しています」 「こんな得意技あります」といったことを結集して、適材適所で能力を発揮できます。トキの野生復帰を狭い意味でとらえず、 トキは里山を活性化させるためのシンボルとして、いろんなところにつながっているんだと考えれば、 里山の保全やトキ野生復帰に関わる活動の幅が広がります。

[ 掲載日 2008年06月16日 | 読みもの ▼ひとつ前へ戻る ▲ひとつ次へ進む ]