■ トキ・メッセージ7 久知河内ホタルの会
久知河内地区は佐渡の東部にあり、佐渡の玄関・両津港から車で15分ほどのところにある地域です。かつて、
数が減ってからも野生のトキが生息していた清水平や生椿地区の近くにあり、生椿を水源とする久知川が集落の中を流れています。その久知川や、
山へ続く田んぼには毎年たくさんのホタルが舞い、川の上流にむかって2.5キロ続くホタルロードはホタルの名所となっています。
毎年6月下旬に行われる久知河内ホタル祭りにはたくさんの人が訪れます。
久知河内ホタルの会はホタルの生息環境を守るために集落の人たちによって結成されました。会の活動を通じて、島内外の多くの人と交流を行い、
トキの野生復帰にむけての活動もしています。
今回は久知河内ホタルの会の菊池秀夫会長とトキ関係担当の菊地茂雄さんにホタルの会の活動についてお話を聞きました。
(インタビュー・文責:トキファンクラブ事務局)
●ホタルの大発生と会の発足
何十年と姿を見せなかったホタルがどういうわけか平成2年に大発生しました。覚えているのは、
平成3年の夜に集落入り口の川べりで車を降りたとき、顔にぶつかるくらいたくさんのホタルがいたことです。
そのホタルの大発生が口コミで広まって、佐渡全域から人が集まりました。ふだん静かな集落が夜もライトで照らされ、車が交差し、
ゴミが散乱しました。「このままではだめだ」と当時の公民館長を中心に有志が集まって交通整理などを始めました。
年々ホタルの見物客が増えるので、平成9年に久知河内集落の総会にかけて正式に久知河内ホタルの会が立ち上りました。
集落みんなの手助けが必要ということで、ほとんど集落全員が参加し、発足当時から会員は50~60名です。
●過疎化する集落の不安をバネに
久知河内集落の人口85人のうち、47パーセントが高齢者です。あと5年、10年経ったらなかなか農業はできません。
後継者がいなければ家も田んぼもすべて荒れてしまいます。口には出さないけれど、
農業をしていて後継者がいないお年寄りは自分の家の将来に不安を感じています。
久知河内集落には伝統的な祭りがあり、代々伝わった立派な鬼の面があります。しかし舞い手となる若者がおらず、ここ十数年休んでいます。
どうにもならないから休むのですが実際は誰もやめたくありません。
先祖から何十年何百年守って来た田んぼや伝統を自分たちの代でなくすのはかなしいです。
こういった問題が現実に迫り、集落のだれもが地域を活性化しなければと思っています。
自分たちのふるさとですから自分たちで何かしないといけません。集落みんなが持っている危機感を行動に起こしたのがホタルの会です。
ホタルが集落を活気づけてやろうかとせっかく出てきてくれたんだから、それに応えないといけませんね。

(長安寺の仁王門と、白山神社の鳥居)
●ホタルの会の活動がトキにつながった
ホタルの会の活動はホタル祭りの準備と運営、それに、壕内の草刈りなど川の中の整備や、ホタルのすむ環境を守ることです。
ホタルのエサはカワニナで、カワニナのエサは藻です。藻は清流に生えますが川の環境をよくするためには山を豊かにしなくてはいけません。
ひとつの生きものをはぐくむためには、山も川も海も、他の生きものも大切にする必要があります。これはトキの野生復帰も同じです。
ですから久知河内ホタルの会の活動はトキの野生復帰の活動にしぜんとつながりました。
私たちが子どものころは久知河内にもトキが飛んでいるのを見たものです。トキはしょっちゅう飛んだり山の中ばかりにいるのではなく、
夏場は川辺の日陰へ来て休みます。集落の上流で飛んでいるトキを当時佐渡トキ保護センターに勤めていた近辻さんと、
調査で1カ月くらい追いかけたこともあります。

(昭和53年、集落から2.5km上流の田んぼで撮影された5羽のトキ)
ホタルの会の取り組みとして、集落の上、山のほうにある田んぼを借り上げ、UX新潟テレビ21「UXときプロジェクト」
のボランティアと一緒になって減農薬栽培の米作りをしています。また、ホタルの育つ清流で育った米を「ホタル米」
として関東周辺の人に産地直送で届けています。評判がよく、そりゃあうまい米です。
生きもの調査も継続的に行っています。カワニナの数を調べたり、水温と気温のデータを1年を通して記録しています。会員で話し合い、
そのデータを利用しておととしから休耕田でドジョウの養殖も始めました。1年に2回の繁殖を定着させたいと取り組んでいます。
ドジョウを佐渡トキ保護センターに売れば、トキの保護増殖に一役かえますし、ビオトープを作っている人の張り合いになります。
●取り組みを始めて集落に人が来た
ホタルの会を立ち上げ、ホタルやトキが生息できる環境づくりを始めると、
さまざまな団体や個人から久知河内に来たいという申し出がありました。ホタルの会を通じて受け入れをしていいか集落の臨時総会にかけました。
集落で受け入れる以上、いろんな人の考え方があります。いつもいつもボランティア作業にでるのは大変と感じた人もいます。
しかしいろいろと話をして、やっぱり受け入れてみようということになりました。
平成14年から3年間、1週間ずつ、獨協大学の学生たちが来ました。一緒に「地元学」をやって、久知河内の文化・歴史・生活・畑・
田んぼについて調べました。班ごとに集落の人がついて久知河内の畑や、一軒一軒の家をまわって、地元の人から話を聞いて調査するのです。
そのときは本当に集落全員の手を借り、にぎやかで楽しかったです。
こういった受け入れを重ねるうちに、久知河内集落のいいところが分かるようになってきました。「川を中心とした地域おこし」
という方向性をつかむことができたのもこのころからです。「地域にあるもの」や地域の問題が分かると地域おこしのアイデアが次々とわいて、
久知河内集落や環境保護に対する住民の意識も変わってきました。

●つぎつぎと人が来る
平成16年にUX新潟テレビ21で行っているトキの野生復帰に向けた活動「UXときプロジェクト」の受け入れを始めました。無農薬・
無化学肥料の田んぼづくりや、トキの餌場のビオトープづくりを行っています。定員40名のところ、希望者がふえて60数名も来たりします。
年に4回行われる作業でのべ160人が集落に来ていて、毎年秋には公民館で収穫祭を開き、餅つきや、
休耕田でつくったソバを打って交流を楽しんでいます。
新潟大学教育学部の学生も地域の環境保護の取り組みを学びに来ました。ほかにも久知河内が紹介された記事をみて「環境がいいところだ」
「田んぼをやりたい」といって来る個人や、環境保全やホタル保全の視察に島内外から多くの団体が来ます。
●ホタルの会会員の地道な努力
「久知河内で作業をやりたい」という希望はホタルの会が、みんな受け入れています。
作業は1年に数回のことで大変というほどではありません。田んぼの作業などは子どものときから手と体を使ってやっていることです。
しかしこうした受け入れはホタルの会の組織があって、会のみんながやってくれるからできることです。会には会長、副会長はじめ、会計、広報、
資料をまとめる人とか、ホタル米の窓口のほかにも「あそこの人は稲刈りがうまい」とか、「あの人は歴史を知っている」
とか会員それぞれに活躍できることがあります。ホタルの会の活動は会員の久知河内をよくしようという思いで10年続けられています。
会の活動といっても地味な仕事ですが、それが地道でよかったのだと思います。

●人が来ることで地域が変わる
短期間でも集落に人が来てくれると、
地域がにぎやかになり、活気づきます。
ホタル祭りの10日間には、85人しか住まないこの集落に毎日300人ほどが訪れます。また、
かつて久知河内に来る観光客のほとんどは長安寺を見に来るだけでしたが、最近は環境を守る作業や勉強で、
たくさんの人たちが来るようになりました。
都会の人が田んぼの作業を楽しんでいたり、久知河内のことを好きになってもらうことが、ホタルの会の会員にとってもうれしくて、
活動の後押しになっています。
作業に来た人たちと車座になって食事をすると、ニュースや新聞だけでは知ることのできない情報や、
違った視点の考えを聞くことができて新鮮です。
人を受け入れることで外から来た人に久知河内のことを知ってもらえるだけでなく、
私たちが自分たちの集落のことを新たに知るきっかけになります。久知河内へ調査に来た人たちには、
来た人の感想を含めた調査の報告書を集落にもくれるようにお願いしています。そうすることで久知河内で取り組まなくちゃいけないことや、
私たちができることを知って、取り組むことができます。
作業によって環境にも少しずつ変化が現れます。荒れた土地や、減反している田んぼにわずかでも水が張られると、そこでホタルが繁殖し、
夏には水鏡になってホタルの光が映りこみます。かつての光景が戻ってきたのを見るとうれしくなります。
いろんな人と交わることによって集落に住む人に自信がついてきました。人がいっぱい来くることで集落が精神的にも経済的にも豊かになります。
●かつて川とともにあった久知河内のくらし
久知川は昔、
久知河内集落の生活の中心でした。川の水を飲料水としていたそのころはホタルがたくさんいました。
学校から帰ると両手にバケツを持ち川へ風呂の水をくみに8回行き、次にかめに入れるのに2回、4回。それが子どもの仕事で、
終わらないと遊びに出られなかったものです。着物やおしめは家のない下流で洗うなど、
その時代には川をきれいに使おうと集落全員で気をつけていました。
子どもたちが海で泳ぐのは学校の授業だけで、久知河内へ帰ると川で泳ぎました。深いところや流れのゆるやかなところ、
川の中にもいろいろな環境があったのです。魚をとったり、川の危険も学びました。
●生活が変化し生きものがいなくなった
昭和39年、40年41年と水害がおき、その後久知川の護岸はコンクリートの二面張りに整備され、川の環境が変化しました。
川の水を飲料水にしなくなり、各自で井戸を持つようになりました。農薬の使用が増えて田んぼや畑から川に流れました。
昔は農薬に水銀が使われていたので川の生きものはすぐ死にました。生活排水流はなんでも川に流し、虫がわくと殺虫剤を川に使いました。
川の生きものが全滅し、それから昭和60年くらいまでホタルはほとんどいなくなりました。
しかし、昭和60年代からふたたびホタルが出ました。そのころには、農薬の毒性が弱くなり、使用する量が減りました。
人家のある集落から上流は、田んぼをつくる人が少なくなりました。人間の生活スタイルが変わったことが影響したのでしょう。

(現在も、野菜の土を洗い流すときなどに川を利用します)
●川の生き物をよびもどそう
農薬の害は減りましたが、
山の上流から下流の海までできるだけ早く水を流すように底も壁もコンクリートで作られた川に生きものは戻って来ません。川が整備される前、
私たちが子どものころまでは、サケやサクラマスが集落まで遡上し、ウナギ、エビ、ケガニなど川の中に多くの生きものがいました。
コンクリートの護岸にして洪水の心配はなくなりましたが、やっぱり川に生きものがいないのはおかしいことです。
平成14年、県から、地域の将来について集落で考える地域ビジョンづくりをしないかと持ちかけられました。集落の総会で相談し、
おもしろそうだからやってみようということになりました。集落全員が集まって「地元学」をやって、集落の過去や現在のこと、抱える悩み、
これからのことなど久知河内ぜんぶをまとめました。「昔からずっと、川とともに、久知河内」という冊子ができあがり、
久知河内集落が昔から久知川とともに生きてきたことを再確認しました。
そこで県から川の生き物が再生するような取り組みをしたらどうかと助言がありました。翌年の平成15年、
当時新潟県知事だった平山征夫さんが佐渡の相川地区に来て佐渡各地の住民と直接話をする機会がありました。
そこで久知河内の当時の区長が集落を代表して久知川を昔のような生きものがたくさんすむ川に戻すようにしてほしいと話をしたのです。
そこから魚が遡上する川づくりが動き始めました。

●行政と三集落が一体となって川の環境改善をする
工事の前に、川の権利を持つ下久知(しもくぢ)、城腰(じょうのこし)、久知河内の3集落が集まり、県が説明会を行いました。
3集落とも生きもののすむ川への再生に賛成し、すぐに川の改修が始まりました。川の改修を計画する担当の方が集落に何度も来て川を見て、
住民の意見を聞き、現地のことをよく理解してくれました。
計画は5ヵ年計画で行われ、年ごとに、県と市と共同で3集落との説明会・意見交換の場が設けられています。
平成18年からは「トキの野生復帰に向けた川づくり」として、久知川のほかに国府川、天王川でも取り組みが始まり、
魚だけでなく色々な自然をはぐくむ川づくりをめざしています。
具体的には、コンクリートの護岸を減らしたり、生きものが下流から上流にあがれるよう川の段差を解消したり魚道をつくっています。
こうすることで川の流れにも表情ができて多様な生きものがすみつきます。あと2、3年で久知川の上流まで段差がなくなります。
ホタルの会は県の委託事業を受けた漁業組合では毎年3月にサケの稚魚を5万匹~10万匹放流しています。
今のところ30~50匹くらいが集落より下の川の途中、段差があるところまであがって来ています。
集落の上流までサケがあがってきたら子どもたちにサケが産卵をするところを見せてあげたいです。きっと感動するでしょう。
サケ祭りもできたらいいですね。
サケが遡上すると川が豊かになってトキのエサも豊富になります。

(久知川で子どもたちと生きもの調査)
●山・ 川・海・
生きものはつながっている
山と川と海と生きものは一体です。山が手入れされなければ川や海に影響が出てきます。
山は川に流れる雨の量を調整し、雨水とともに山の土砂と有機物を川に流します。
土砂によってできた環境と有機物をエサに川のさまざまな生きものが育ちます。ときには川が暴れることも必要です。
川が氾濫することによって川にいた生きものが海に運ばれて、それが海の生きもののエサになります。氾濫は、川にたまった土砂など流したり、
川を掃除する大切な役割があります。山と川と海と、そこに生きる生きものには互いがつながりあって大切な役割を担っているのです。
たとえば、今の暮らしでは竹を使わなくなって、山の竹林を手入れする人がいなくなりました。かつて、
竹は加茂湖の牡蠣を養殖するイカダに必要でした。家建てるときもコマエダケといって竹を組んだものを壁の中に入れて、
その上から土を貼りつけ、たいへん丈夫な壁をこしらえました。川の改修もそうですが、山の手入れも必要ですし、もう一度、
竹など山のものを使うことも必要です。

●地域に入って佐渡を知ってほしい
佐渡は
「後ろみれば山、前を見れば海」。こんないいところはありません。佐渡へ来たら名所旧跡をめぐって、それで「さよなら」じゃなくて、
農業や作業で体を動かし、地域や人との交流を通じて佐渡のことを知って欲しいです。久知河内は山あり久知川ありのすばらしいところです。
山から見ると川は蛇行して、沢になっている両側に民家があります。集落の上まで行ってこのうつくしい環境をながめてください。
本当にいいところですよ
