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■ 野生復帰までの道のり

■トキ保護センターとキンちゃん
1967年、新穂村清水平にトキ保護センターができました。ここでは、野生のトキを保護し、増やすための研究が続けられました。
当時のトキ保護センターでは高野高治さんなど多くの人の協力をもらいましたが、トキは1羽、また1羽と死んでしまい、 子どもは生まれませんでした。そして、1985年から中国に生息していたトキを借りて、ペアリング(つがいづくり)をしましたが、 うまくいきませんでした。
1993年、今の佐渡トキ保護センターができました。1995年、オスのミドリが死に、 日本の野生生まれのトキはおばあちゃんのキンだけになってしまいました。

■中国でのトキの発見
1981年に中国でみつかったトキは、日本のトキと同じ種類でした。
日本のトキと中国のトキの遺伝子は99.935%も一緒で、ちがうのはほんの0.065%。まったく同じ種類だと確認されています。
ところで、トキはコウノトリの仲間ですが、トキとコウノトリの遺伝子は85%が同じで、ちがいは15%もあります。

■中国の成功と日本で増えはじめたトキ
1992年、中国でトキの人工ふ化が成功します。また、中国の野生トキを守る活動は日本の協力もあって広がりました。そして、 中国の野生トキは少しずつ数がふえはじめました。
1998年、日本と中国の友好のしるしとして、中国政府から日本に、トキのつがい(オスとメス)のヨウヨウとヤンヤンが贈られました。 佐渡トキ保護センターで、このつがいから1999年に最初のトキがふ化します。
その後は、毎年、卵がかえっています。また、中国から別のトキを借りたり、中国に日本で生まれたトキを送り返したりして、 日本と中国が協力してトキが増えていくようにしています。

■キンちゃんの死とトキの夢
2003年10月10日、朝早く、36歳(人間でいえば100歳)のキンちゃんは、 住んでいた部屋で空を飛ぶように最後のはばたきをみせて死にました。そのとき、佐渡トキ保護センターには、トキが36羽になっていました。 わずか5年前はキンちゃん1羽だけでした。キンちゃんは、トキが空に帰る日を今も見守っています。       

■ 計画づくり
佐渡トキ保護センターでトキが増えはじめたため、トキをもういちど空に飛ばすことを真剣に考えました。
かつてトキは野生のなかで減っていきました。もし、今、トキを空に放しても、きっとほとんどのトキは死んでしまうでしょう。 トキが安心して暮らせるようにしなければいけません。これはとてもむつかしいことです。
1999年から環境省が、新潟県や佐渡の人たちといっしょに、「野生復帰ビジョン」 というトキを野生に返すためにしなければならないことの計画をつくりました。この計画では、 2015年頃には60羽のトキが自然の中で生きていけるようにすることを目標にしています。今、この計画に沿って、 いろんな人たちががんばっています。
佐渡の小学校が、学校ビオトープで、トキのエサ場づくりをしたり、農家が農薬を減らす工夫をしたり、 大学の研究者が森を守る研究をしています。佐渡島のあちこちで、子どもからお年寄りまで集まって、 トキと一緒に暮らすためどうしたらいいのか、話し合い、活動しています。

訓練施設

■自然に帰るために必要なこと

トキが自然の中で暮らすと、自分でエサを探したり、卵をねらう動物やきびしい自然とたたかわなければなりません。 自然の中でトキが生きのびるためには、訓練が必要です。2007年に、 トキが自然に慣れるための訓練をする野生復帰ステーションが新穂正明寺地区に完成しました。そこで、トキは自分で巣を作り、エサを食べ、 子育てをして生き抜くための練習をつんでから、自然下にはなされます。


■再び人のくらす自然へ
2008年9月、野生復帰ステーションで訓練をつんだ10羽のトキが、佐渡の自然の中へ放たれました。 人々の暮らす自然にトキが戻ったのは、日本にトキがいなくなってから27年ぶりのことです。
これからも、野生のトキと人がともに暮らすために、自然や地域社会のあり方を考えながら、トキ、自然環境づくりが必要です。 野生のトキのふるまいに教えてもらいながら、佐渡の自然や暮らしをもっともっと良くしていこうと取り組んでいます。



 

[ 掲載日 2010年01月15日 | コンテンツ ▼ひとつ前へ戻る ▲ひとつ次へ進む ]